大判例

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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)369号 判決 1950年3月31日

被告人

河野正則

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役五月及び罰金弐万五千円に処する。但し、この裁判が確定した日から弐年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは金弐百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人三原道也、木下方一の控訴趣意第二点について

(イ)  原判決は被告人は昭和二十二年二月二十八日頃高田鉄雄が倉庫として使用する目的で築造許可を受けて新築した建築物をその後同人から讓受け戰災復興院総裁、又は建設大臣の許可を受けないで、その用途を変更し、これを昭和二十三年七月頃から同年十月頃迄の間映画館として使用したとの事実を判示し、これに対して臨時物資需給調整法第一条第四条第一項臨時建築等制限規則第七条、第九条臨時建築制限規則第二条を適用処断していること、まことに所論のとおりである。

案するに、昭和二十二年二月八日閣令第六号臨時建築等制限規則によると、建築物又は建築物に附帶する設備をあらたに築造、すなわち、新築、增築、改築、移築、修繕又は変更しようとする者は、同規則第二条の規定によつて戰災復興院総裁の許可を受けなければならないのであるが、同規則第七条は、右第二条の許可すなわち、築造許可を受け築造した建築物は戰災復興院総裁の許可を受けた場合の外、はじめ築造許可を受けるに当つて第十条第一項の許可申請書は記載した用途以外の用途に供することを禁止している規定であり、又同規則第九条は右第七条、すなわち戰災復興院総裁の築造許可を受けてあらたに築造した建築物の用途変更の場合の外既存の建築物(住宅を除く)をあらたに、料理店、飮食店、特殊飮食店、待合、舞踏場、遊技場、映画館、劇場その他の興行場その他、同条の列挙した用途に供しようとする者、又は既存の住宅を住宅以外の用途に供しようとする者は、戰災復興院総裁の許可を受けなければならないと規定しているのであつて、第七条は、同規則に基ずいて築造許可を受けてあらたに築造した建築物の用途変更の禁止に関する規定であり、第九条は、同規則の施行前に築造した建築物の用途変更の禁止に関する規定であることが極めて明瞭であるから、同規則第二条に從い戰災復興院総裁の築造許可を受けて、あらたに築造した建築物をその後同総裁の許可を受けることなく、無断ではじめの築造許可申請書に記載した用途以外の用途に供した場合は、單に同規則第七条の禁止規定の違反たるに止まり、右第九條の規定は何等関係のないものであることが明白である。

すると、原判決がはじめその用途を倉庫として同規則第二条の築造許可を受けて新築した建築場を讓受けた被告人がその後、戰災復興院総裁の許可を受けないで、その用途を変更し、これを映画館として使用した事実を認定したのにかかわらず、これに対し前掲臨時建築等制限規則第七条の外、同時に、同規則第九条にも違反するものとして同条とも併せ適用したのは、法令の適用を誤つたものといわねばならぬ、そしてその違法は原判決に影響のあることが明らかであるから原判決は刑事訴訟法第三百九十七条に則りこの点において破棄を免がれない論旨(B)は理由がある。

(ロ)  次に、昭和二十二年二月八日閣令第六号臨時建築等制限規則(以下昭和二十二年閣令第六号規則と略称する)は同年同月同日から施行されたが同規則は昭和二十三年八月三十一日建設省令第二号臨時建築制限規則(以下昭和二十三年省令第二号規則略称する)の附則第二項によつて廃止され、昭和二十三年九月一日以降右省令の施行されるに至つたのであるから、原判決が、被告人が築造許可を受けて築造した建築物の用途を変更するについて、所定の許可を受けなかつた不作爲の状態の右両規則の施行期間にまたがつて継続した事実を認定し、その違反した禁止規定として昭和二十二年閣令第六号規則、昭和二十三年省令第二号規則を摘示しているのは判示昭和二十三年七月頃から同年八月三十一日迄の違反の所爲に対し、右昭和二十三年省令第二号規則の附則第二項の「この省令施行前になされた行爲に対する罰則の適用……については臨時建築等制限規則はこの省令施行後もなおその効力を有する」規定に從い、昭和二十二年閣令第六号規則を、又昭和二十二年九月一日以降同年十月頃迄の違反の所爲に対し、同年省令第二号規則をそれぞれ適用している趣旨であることが明白であり、その擬律はまことに正当であるから、論旨(A)並びに後設の所論は理由がない。

しかし、職権で案ずるに、原判決は被告人の右昭和二十三年九月一日以降同年十月頃迄の違反行爲に対する該当法令として、昭和二十三年省令第二号規則第二条を適用していることが明らかである。しかし、右規則第二条はあらたな建築物の築造及び既存の建築物の用途変更の禁止に関する規定であつて、前掲昭和二十一年閣令第六号規則第二条の築造許可を受けて築造した建築物の用途の変更に関する規定ではない、昭和二十三年省令第二号規則第七条において、「第二条、第三条、第四条又は建築等制限規則の規定による許可を受けて築造した建築物は、これを第九条第一項の申請書に記載した用途以外の用途に供してはならない云々」と規定し、同規則附則第十六項において、「臨時建築等制限規則第十条第一項の申請書……はこの省令の第九条第一項の申請書……とみなす」と規定してる点に徴すると、被告人の前記所爲は、まさに右昭和二十三年省令第二号規則第七条に該当することが明らかであるのにかかわらず原判決が被告人の右所爲に対して、同規則第二条を適用しているのはこれ亦法令の適用を誤つた違法があるものといわねばならぬ、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は刑事訴訟法第百九十七条によりこの点においても破棄を免かれない。

同第三点について

(ハ)  記録を調べると本件は、はじめ日田区檢察庁檢事事務取扱檢察事務官が昭和二十四年三月十一日日田簡易裁判所に対して略式命令の請求をしたのに対し、同裁判所裁判官深谷茂は略式命令を不相当と認めて通常の審判に附する旨の決定をし、同裁判官は同年三月三十一日日田簡易裁判所における公判期日において被告人の冒頭陳述をきいた後直ちに本件を刑事訴訟法第三百三十二条に基ずき大分地方裁判所日田支部に移送する旨の決定を宣し、ついで同裁判官は同年四月八日同支部裁判官として大分地方裁判所日田支部において本件を審理判決していることは所論のとおりである。

そもそも、簡易裁判所が地方裁判所において審判するを相当と認めるときは、事件を管轄地方裁判所に移送することのできることは裁判所法第三十三条、刑事訴訟法第三百三十二条の規定するところであるから本件において日田簡易裁判所から事件を管轄の大分地方裁判所日田支部に移送したこと自体は適法であるが、ただ裁判官深谷茂が一面日田簡易裁判所裁判官として、本件を地方裁判所において審判するのを相当と認めてこれを管轄の大分地方裁判所日田支部に移送する旨の決定をすると同時に他面、同地方裁判官として、同一事件を同地方裁判所日田支部において審判していることにその事件の処理手続上からみて稍々妥当を欠く憾がないでもない、

現在刑事事件が輻輳しているのに裁判官の人員不足等のために地方裁判所支部等において勤務するただ一人の裁判官か地方裁判所の裁判官の資格を有すると同時に簡易裁判所の裁判官の資格を兼ねて、激務に耐えている実状にあることは顯著な事実ではあるが、本件の如き場合においては、裁判の公正を維持し、つとめて訴訟関係人の誤解を避け審判につき些の疑念をも抱かせる余地なからしめるために、裁判官深谷茂において簡易裁判所裁判官として移送の裁判をした以上、地方裁判所裁判官の資格において自らこれに臨むことなくむしろ本庁その他からの顛補の裁判官をしてこれを審判させることが適正且妥当でありそのことの望ましかつたことはいうまでもない。

しかし、(一)簡易裁判所事件を地方裁判所において審判するのを相当と認めて移送をするのは、裁判所法第三十三条第三項の規定する場合のみでなく、事件の難易罪質その他諸般の事情を斟酌して相当と認めた場合にも移送し得るのであり、又(二)本件のような場合、裁判官が職務の執行から除斥されるような規定がないばかりでなく且つ、記録上明らかなように、(三)本件において、被告人又は弁護人は深谷茂裁判官に対して同裁判官が予断を抱き又は不公平な裁判をする虞があるといつて忌避を申立てることもなく審理に應じておりしかも(四)公判の審理は八回に亘つて愼重行われている事実に徴すると、前記のとおり事件の処理手続上遺憾な点があつたからといつて、これがために同裁判官が予断を抱いて本件を審判したとは到底認めることができない。論旨は理由がない。

(弁護人三原道也木下方一の控訴趣意第二点)

第一審判決は「昭和二十二年二月二十八日頃玖珠郡森町大字帆走昭和町二四〇番地の五に高田鉄雄が間口七間半奧行十四間の木造杉皮葺平屋建一棟を倉庫として其の使用目的の爲築造許可を受けて同年八月頃之が竣工し右用途に使用せんとしたるも……中略……その後建設大臣の許可を受くることなくして昭和二十三年七月頃より同年十月頃迄の間右建物を映画館とし其の用途に供して使用しおりたるもの」と認定して「法律に照すに被告人の右所爲は臨時物資需給調整法第一条、第四条臨時建築等制限規則第七条第九条、臨時建築制限規則第二条に該当する」として居る。

即ち原審裁判所の本件に対する擬律は、本件行爲のすべてが同時に前記法条に該当すると爲したものであることは文理上疑ない。

(A)  然るに臨時建築等制限規則(昭和二十二年二月八日閣令第六号)は昭和二十二年二月八日公布の日から施行せられたが、臨時建築制限規則(昭和二十三年八月三十一日建設省令第二号)の施行日たる同年九月一日から前者即ち臨時建築制限規則が廃止せられ、同日以後は後者の規則が施行せられたものであつて同時に両規則が施行せられたことはない。原判決が右法規関係を弁別せずして両規則を本件の被告人のすべての行爲に適用したのは刑事訴訟法第三百八十条の「法令の適用に誤」ある場合に当るものと云はねばならない。

(B)  又原判決が本件に対して臨時建築等制限規則第九条を適用したのは明かに違法である。同第九条自体に規定するように同条は「第七条の場合の外」の場合に対して適用すべきものである。即ち同規則によつて許可を得て建築したものでなく既存の建築物についてあらたに同第九条規定の用途に供しようとするには戰災復興院総裁の許可を受けねばならないものであつて、同規則に則つて建築したものが用途を変更する場合には同規則第七条のみが適用せらるるのである。之は同規則の解釈上爭のないところである(犯罪搜査全書第十一卷、法務庁事務官天野武一外三名共著「経済犯罪搜査要項」第百四十三頁参照)。即ち此の点に於ても原判決は法令の適用に誤があつたものである。

而して一個の行爲が二個の取締規則に違反した場合は刑法第五十四条第一項の精神に基いて処断せらるべきものと思ふがその取締規則違反に対する法定刑の範囲が仮に同一であつても観念上一個の行爲が二個の取締条項に違反する場合と一個の行爲が一個の取締条項のみに違反する場合とはその行爲の犯状に軽重がつけられるのは理の当然であつて前者は後者よりも事実上重く処罰せらるるのが普通の条理に基いた考へ方である。本件の場合一個の行爲に一個の取締條項を適用すべきに拘らず、誤つて二個の取締条項が適用せられたのであるから之が判決に影響を及ぼして居ることは蓋し明瞭であつて、寧ろ判決に影響なしと云はんが爲めには特設の説明を附すべきものであつたと信ずる。

原判決は此の点に於ても破棄を脱れないものと信ずる。

同第三点

原審裁判所が本件事案の審理に当つて本件に懲役刑を科すべきものとの予断を懷いてゐたことは本件に対する原裁判所審理手続の経過を見れば明かであると思料する。本件については昭和二十四年三月十一日附日田簡易裁判所宛日田区檢察庁檢察事務取扱檢察事務官佐藤徹一の起訴状により略式命令が請求せられ、科刑意見として罰金壱万円を求めて居るが、日田簡易裁判所の裁判官としての深谷裁判官は同月三十一日公判を開き被告人の一應の弁解を聽いた儘当事者の立証をもせしむることなく同公判期日に於て直ちに事件を大分地方裁判所日田支部に移送する旨の決定をなした。簡易裁判所に於ては略式命令で刑事訴訟第四百六十一条罰金等臨時措置法第七条第三項により五万円以下の罰金に処することが出來、又通常の公訴手続により金額の制限なく罰金に処することが出來るのであるから本件を地方裁判所支部に移送するに当つては本件については懲役刑を選択科刑すべきものと裁判官が思料したものと推察せねばならない。然らば同裁判官は如何なる審理に於てかく考慮せられたものであろうか、臨時物資需給調整法、臨時建築制限規則違反事件はすべて懲役刑に処するを相当とすると考へられたものではないかと疑はざるを得ないのである。移送を受けた大分地方裁判所日田支部の裁判官として同一裁判官が本件の審理に当つたものであるから本件に対しては一應懲役刑を選択すべきものとの予断が懷かれていたものと謂はざるを得ない。事案の審理については裁判官の予断を嚴重に排除せんとするのが新刑事訴訟法の制定の最大の眼目の一つであることは一一刑事訴訟法の条項をひいての論述を要せないところと思ふのであるが、本件はそれ等の刑事訴訟法の精神に反する手続の下に審理が始められ続けられたものと思惟せざるを得ないのであるから結局本件は刑事訴訟法第三百七十九条の所謂訴訟手続に法令違反があつたものに該当する。然して前記の如き違反は之が判決に影響を及ぼすものであることは言を俟たないものである。

仍て此の点からしても原判決は破棄せらるべきものと信ずる。

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